舞台スタッフの種類
皆さんがお芝居やコンサート、あるいはバレエ、オペラなどを見ている時、舞台裏では、実に様々なスタッフが働いています。
主なスタッフとしては演出部スタッフ、大道具スタッフ、照明スタッフ、音響スタッフ、衣装スタッフ、ヘアメイクスタッフ、プロンプター、制作スタッフなどです。
これらのスタッフは、本番中に照明室や音響ブース、あるいは舞台の袖や裏、楽屋などで仕事をしており、我々の間では「ランニング・スタッフ」とか「ステージ・クルー」とか呼んでいます。
その他、本番ではありませんが、稽古中に参加する、歌唱指導、振り付け、殺陣(ファイティング・コーディネイター)、方言指導、所作指導などのスタッフがいます。
今回はその中でも、舞台裏や暗転中の舞台で仕事をする演出部スタッフの仕事をご紹介させていただき、さらには演出部スタッフ志望の方へ、どのようなコースがあるのかお話しできればと思います。
ブログ内の別記事「舞台スタッフ・演出部のギャラ(賃金)と算出方法」を参照してお読みいただくと、より分かりやすいと思います。
演出部スタッフと大道具スタッフの違い
演出部スタッフと聞いても、すぐにはイメージが湧かないかと思います。
演劇なりコンサートなり、あるいはオペラやバレエなどの公演時に、表に出て来ない、いわば
舞台の裏で仕事をしている人たちなので、当然だと思います。
演出部スタッフの場合、大道具スタッフと混同する事がありますが、両者は全く違います。
簡単に説明すると、舞台に建つ大道具を建てたり解体したりする作業に関わるのが、大道具スタッフです。
その多くが大道具会社の社員で、大道具の製作工場で大道具を作り、劇場に搬入し舞台上に建て込み、千秋楽に来て解体して搬出をしていきます。
場合によっては本番中、一幕と二幕で大道具が大きく変わる場合などには、その飾り換え作業をします。
会社としては東宝舞台、俳優座劇場舞台美術部、金井大道具、C -COM舞台装置などの会社があり、大道具スタッフが社員として所属しています。
大道具スタッフは基本的には、大道具専門の技術スタッフでパフォーマンスの演出的作業(舞台転換作業など)には基本参加いたしません。
対して、演出部スタッフというのは稽古が始まる前から、舞台監督によって5人から6人のスタッフが集められ、演出部チーフ、演出助手、大道具担当、小道具担当、衣装担当、などの役割が振り分けられます。
これは必要に応じて、7人や8人、10人以上になることもあります。
各担当者は、台本を元に舞台監督と演出家やプロデューサー、あるいは美術家や衣装プランナーなどが打ち合わせする会議に同席し、作品のテーマや方向性を把握し、稽古に必要な小道具や衣装を集めたり、大道具会社や衣装会社などと舞台監督、演出家の間に立って具体的な製作進行の調整者として働きます。
さらに、稽古中は稽古場で稽古進行の手助けをしつつ、演出家の意図や俳優の動きを把握し、作曲家や舞台美術家、照明家などへ稽古進行の報告をしたりします。
1日の稽古終了後には、舞台監督を中心に、その日の稽古場で出た課題や問題点を全員で共有し、その解決策を協議し、翌日にはその課題解決のための行動をします。
実はこのようなシステムは、アジアでは日本独特のもののようです。
と言うのは、どんな新人のスタッフでも、舞台監督の説明やその日の稽古での演出家からの要望を確実に理解して仕事を進めていきます。
少なくともこれは、海外のスタッフにはありませんでした。
彼らは中心となる舞台監督が分かっていて、そこからの指示によって動くのですが、その指示内容が全体の作品にとってどのくらい重要なのかとか、どのような効果が生まれるのかなどは知りませんし、日本と異なり本番中でもスタッフが交代するので、知っていても仕方がないシステムでした。
日本のスタッフは稽古の最初から千秋楽まで、基本的に同じスタッフが参加するので、末端に至るまで、演出家や舞台監督の意図、自分が請け負うパートが全体にどのような影響や効果を及ぼすのか、しっかり理解し仕事を進めていきます。
かなり珍しいものシステムらしく、知り合いの舞台監督が韓国へ特別講師として派遣され、国立劇団や大学で講義をしてきました。
日本独特の演出部、舞台監督というシステムはおそらく、世界的にも高いレベルのスタッフ制度だと思います。
演出部スタッフになる4つのコース
では、具体的に演出部スタッフになるにはどうすればいいのか?
それには実際の演出部スタッフが、どうやってなったのかを説明しながら、お話ししたいと思います。
大きく分けて4つのコース‥コースというほどではありませんが、まあ、道筋とでも言いましょうか、その道筋で演出部スタッフになった人が多くいます。
1、劇団の演出部研究生から演出部スタッフになった人
2、学生劇団、あるいはアマチュア劇団のスタッフから来た人
3、芸術系の専門学校を卒業してすぐにスタッフとして働き始めた人
4、俳優を志していたが、途中からスタッフに転身した人
おおよそ、上記のケースがほとんどではないでしょうか。
では、それぞれお話をさせていただきます。
1、劇団の演出部研究生から演出部スタッフになった人
現在、第一線で活躍する演出スタッフ、及び、舞台監督の半数はこのコースで舞台芸術の世界に入って来た人たちです。
具体的には文学座演出部、青年座演出部、演劇集団円、劇団前身座、劇団芸能座などの演出部研究生から、演出部スタッフになり、何人かは舞台監督や演出家になって活躍しています。
ただし、劇団の演出部研究生は、俳優養成の演技部と異なり、毎年募集しない事があります。
ですから、割と早い時期でも構いませんので、来年は演出部の募集はありますか?
6月でも7月でも関係なく、直接、劇団に連絡してみください。
それは、ご自身の進路のための情報収集ですので、やり過ぎることはありません。
試験は劇団によって違いますが、作文と面接でして、たまに常識問題的なペーパー試験をやる劇団もありますが、ごく簡単なものです。
私が演出部研究生の試験を受けたときは、作文「喜劇について思うところを書け」と「面接」そして簡単なペーパー試験がありました。
確か、その劇団のここ数年に上演した「作品名」と「作家名」を線でつなげるのとか、「カエルが6メートルの穴に落ちました、このカエルは2メートル跳ぶと1メートル落ちます。では、何回跳べば外に打られますか」と言った内容でした。

この研究所(養成所)から、多くの才能が生まれた。
試験に合格して、演出部研究生になると、入学してすぐ劇団公演のスタッフとして本公演に従事することがあります。
実は、私も劇団芸能座の演出部研究生として、入ったその日に台本を渡され、次回公演のスタッフとして現場に付きました。
演劇学校を卒業し、皆、俳優養成所に行って「お金払った」のですが、私はお金は払わず、逆に貰いました。
仲間内に、ちょっと自慢でした。
稽古手当、1ヶ月30,000円、本番1ステージ1,500円でした。
それでも仲間たちは「えっ! お金、貰えるの?」と驚いておりました。
小沢昭一さんの劇団だからか?
なんだか分かりませんが、貰えていました。
他の劇団はスタッフ・コースでも授業料が必要な所もあります。
研究生時代が終了すると(大体1年)、準劇団員という形で劇団に所属し、やがて劇団の演出部スタッフとなる人材と、本人の希望や適性を見つつ舞台監督や演出家になっていく人材もあります。
劇団所属の演出部員、舞台監督、演出家は、ほとんどがこのコース出身者です。
2、学生劇団、あるいは小劇場のスタッフから来た人
次に、演出部スタッフで多いのが、この学生劇団やあるいは小劇場で活動していた人たちがいるのが、このゾーンです。
なぜここから多くの業界人が生まれるかというと、学生劇団や小劇場でスタッフの仕事をしていると、大学の卒業生で業界に入ったOBの舞台スタッフや、舞台監督などが、スカウトに来ることがあります。
スカウトと言っても完全な誘いではなく、プロ劇団の公演でスタッフの人手が不足した時に、舞台のことを全くを知らない人間より、少しはマシだろうし、ギャラだって安くすむから、予算の面からもその方がいいと声がかかります。

多くの演劇人を輩出している。
学生なんかは「わぁ、プロの大道具や小道具が触れる!」とか
「えっ、スターさんからご苦労様です、とか言われた!」
と喜んでいますので、どっちも、どっちですけど‥。
そこでお眼鏡に叶うと、3公演ほど続けてお声がかかり、そのうち大学も行かなくなったり、小劇場からも足が遠のき、気がつくとフリーの舞台スタッフとして1年中仕事をしている、プロになっていきます。
アルバイトよりもらうお金は多く、仕事は面白く、スタッフ仲間も楽しいので、まあ、抜けられなくなります。
学生演劇が盛んなのか、そういう道を通って入ってきたスタッフが多い大学は、早稲田大学、中央大学、明治大学、日本大学と、なぜか聖心女子大も多くいました。
まあ、そうやって、だんだんベテランになって行き、いつしか腕の良い舞台スタッフとして多くの舞台に関わり、やがてスタッフ会社に入社しないかと、お誘いを受けスタッフ会社の社員になったり、あるいは自分たちの仲間で会社組織を作ったり、または一匹狼のフリーの舞台スタッフとして生きる‥など、様々な道を歩んでいます。
会社に所属した場合には、会社単位で仕事を請け負うので舞台監督を任されたり、或いは幅広いジャンルの仕事‥コンサート、バレエ、オペラ、日舞などの舞台スタッフとして幅広く活動していきます。
3、芸術系の大学や専門学校を卒業してすぐにスタッフとして働き始めた人
割合としては4人に1人ほどです。
具体的には日本工学院や日大芸術学部などの舞台スタッフコースを卒業、或いは在学中の学生です。
これはそこで教えている講師に、現役の現場スタッフが多くいて、その人の紹介で業界に入ってきます。
専門学校ですと大体2年で、大学でも3年生になると、卒業がチラつきます。
毎日がクラブ活動の延長のような学校生活で、まだまだ20代の学生には、未来は永遠にあるように思えていましすが、最後の夏休みが過ぎて、いよいよ卒業公演や卒論の準備に入る秋になると、やや焦って進路を考え出します。
普通の企業に就職するのと異なり、就職活動をして企業訪問をしてというような事がないので、卒業後の進路は「失業者」「ニート」「プー太郎」という言葉が浮かんできます。
俳優志望の学生は2月、3月に各劇団の養成所が行う入所試験を目指すことになりますが、舞台スタッフ志望者はどうすれば良いのか、さっぱり分かりません。
伝統のある学校ならば、卒業生の進路先を見ておおよその検討はつきますが、舞台スタッフになった先輩たちを見ても、様々なルートを通っているようです。
さあ、どうしましょう。
正直言って、手当たり次第に動いた人の勝ちです。
一番は学校に講師で来ている、現役のスタッフです。

その他、演劇概論や歴史など、かなり多くのことを学びます。
彼らは普段、劇場なり劇団なりで仕事をしています。
ですから、現場の状況や状態をリアルに分かっています。
実は私も教えていた学生から「舞台スタッフになりたい」と相談を受け、ちょうど自分がプロデュースした作品が舞台稽古直前だったのですが、舞台監督から「どうしても、転換要員がひとり欲しい、舞台の上手、下手(かみて、しもて)を知ってれば良いので、誰かいないか?」と聞かれていた時だったので、その子に「今日、新宿・紀伊國屋ホールに来なさい」と言って呼びました。
「君、ナグリとかガチ袋、足袋や雪駄なんか持ってる?」
「はい、学校の実習をやりましたので、一揃いあります」
その日、紀伊國屋ホールのロビーで舞台監督と面接をし、その夜の舞台稽古から現場に入りました。
それが、20年前です。
今ではフリーの演出部チーフとして、現場を取り仕切るベテランの舞台スタッフです。
このように、かなり偶然が作用したりするのですが、それでも舞台スタッフの業界は万年人手不足で、いつも、いつも、誰かいい人がいないか探しています。
演出部スタッフの世界でいい人とは、最低限の礼儀を持ち、人に不快な感じをさせない人間です。
ぞ承知のように、舞台の世界は俳優をはじめ舞台スタッフや音響、照明、衣装、、床山、制作と様々なポジションの人間が集まって、共同で仕事をしていく世界です。
他人に対して不快な思いをさせる人間、我儘な人間はお声が掛からなくなります。
ですから、舞台スタッフを志望し、学校の先生に相談しても普段の素行が悪ければ、業界に推薦してくれません。
素行とは最低限「遅刻をしない」「普通に挨拶ができる」そして「現場に入ってもすぐ辞めたりしない」だけです。
推薦して評判が悪ければ、信用問題にもなりますし「○○専門学校出身者は使えない」となります。
まあ、多くの卒業生がいるならば多少大丈夫かもしれませんが‥
私の周りで多かったのが「日本大学」「日本工学院専門学校」と「日本映画学校(現・日本映画大学)」でした。
4、俳優を志していたが、途中からスタッフに転身して来た人
これは、皆さんのご想像の範囲を超えません。
劇団にもよりますが、小さな劇団では俳優全員が、大きな劇団でも若手の俳優はスタッフと一緒になって、仕込みという名称の公演準備の作業を手伝います。
若手俳優と言っても、劇団では10年位は若手です。
どうかすると、この道5年などという中堅スタッフより、仕込みの腕がいい俳優はいっぱいいます。
彼らは、普段、舞台がない時はレストランや工事現場の肉体労働、或いは成績優秀な保険の営業マンなどのアルバイトで生活しています。
実は優秀な営業マンやレストランのコック、さらにはプロダクションを自分で作って社長になったりと、元俳優という様々な人がいます。

あの人も、あの人も、この人も‥って俳優に厳しいことも言えるし、俳優の生理も心理もよく分かるし‥
そして、同じアルバイトなら、勝手知ったる舞台の仕事がいいとやっているうちに、俳優の仕事より面白いしお金ももらえる‥と、転向する人たちもいます。
数的には少ないですが、全体の15%ほどはいるのではないしょうか。
ただし、これはそういう人も居ますというご紹介で、舞台スタッフなるために「まず、一旦俳優になってそれから‥」ということではありません。
そんなコースで舞台スタッフになっている人もいます。
というお話でございます。
お間違えなく
実は遠い道のり
代表的な4つのコースをお話ししました。
潜在的には多くの若い人たちに興味を持たれている、ショービジネスの世界ですが、いざ進もうと思ってもどうやっていいのかよく分からないのがこの世界です。
一般の会社のように、大学や専門学校、或いは高校在学中に就職試験を受けて、卒業と同時に仕事をする。
そういう道筋がハッキリあるわけではないので、ほとんどの人がどうしていいか分からず、それらしき専門学校や取り敢えず大学‥ってな感じですが‥
大体がここでためらいます。
これはまともな道では無いのではないか?
どう見ても、普通の社会人って感じではなく、どちらかというと「はぐれ者」ってな感じで、やっぱりやめようかな?
友人からも、そんなところ行ってどうすんの?とか、親からも大反対されて、大抵は「やっぱりその通りだ」と、まあ、目鼻の付いた大学の経済学部とか経営や商学部に進んでいきます。

勿論、それはとても賢明な選択です。
が、どうしても諦められなくて、芸術系の学校へ進学してしまったり、大学に入ってもフツフツして、結局、中退して舞台の道を目指したしてしまう人が、10%ほどいます。
つまり、一瞬でも志した人の90%が違う道に進み、10%の人が舞台芸術の道に入ってきます。
が、ほとんどの人が俳優志望でして、スタッフを志望する人はほんの僅かです。
そもそも、舞台スタッフがどんなことをしているのかが分かりません。
ですが、そうしている内に、さまざまなきっかけで舞台作りに参加し、そこから演出スタッフの面白さに気がつき志す人が出てきます。
ですから、俳優のように最初からイメージしやすいものですと、すぐその道を探すのですが、舞台スタッフという職業があって、実は色々面白そうだと気がつくまでには長い道のりがあります。
ある種、偶然のようなタイミングで舞台スタッフを始める人が殆どですので、慢性的な人材不足というのはそういう事が原因でもあります。
ですから、やりたいと思ったら、とにかく自分から動き回らなければ、舞台スタッフ志望者がいるという事が誰にも分かりません。
ですから「ジタバタ」すればなんとかなります。
極端なことを言えば、いくつか舞台を見て、気に入った集団があったら「舞台監督に会わせてください」とお願いして「舞台スタッフをやりたいのです!」と言えば、なんとかなる‥事があるのが、この世界です。
採用する方は、アマチュアでもなんでも「舞台経験あり」と言えば、まあ全くの初心者でも「素人よりはマシだろう」と考えます。
実際にはさほど難しいことはないのですが、舞台の上手下手が分かっていて、お互い仕事でやっていうので「どんなスターさん」だろうと、サインをもらってはダメです‥などという事がわかっていればなんとかなると思われるます。
ただし、続けられるかどうかは「人間性」と「若干の体力」そして「明るさ」にかかっています。
簡単に言ってしまえば「人に嫌われない」これが1番です。
頭がいいとか、英語がペラペラだとか、めっちゃいい大学出てるとか、或いは超名門高校の卒業だとかは、一切、関係ありません。
アホな高校、Fラン大学、専門学校関係ありません。
「人に嫌われない」という一点で、一生安泰です。
私はその一点で新国立劇場の常務理事になりました。

ってか、そんなことも考えなかったです。
大丈夫ですよ。
でも、まあ一流の商社とか医者になりたいとかだと、どこでもいいというわけにはいきませんが、そうでなければ東京大学だけはちょっと別格ですが、あとはあまり関係ありません。
ニコニコして、人に嫌われないようにしていれば‥
時々、あまり素直でニコニコしていて、人からメッチャ馬鹿にされて傷ついて、チックショウ悔しいと思っても「俺、平気だもんね」って顔していると「あいつは落ち込まない」とか「ああいう上司なら、部下が病んだりしない」とか言われて出世します。
人に変なプレッシャーを与えない。
とか思われて、アイスクリームとかもらえます。
中島豊
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