「前回は演出的に上手くいかなかったので、今回は頑張ります!」
井上ひさし先生、記者会見での渾身の決意表明!
の筈でした。
日生劇場の井上ひさし作・演出「キネマの天地」舞台制作発表での一コマでした。
これが、翌日とんでもないことに‥
「プロデューサー! 俺はもうこの舞台降りるぞ、やってられねえ!」
大スター「ハナ肇」が‥吼えた!
本番3時間前、公演は中止か?
時に中島31歳、プロデューサー人生、はじまったばかりなのに「もう最大のピンチ!」
‥神さま‥うむ?
まずは序章、ハナ肇こまつ座の主演
1986年夏、秋のこまつ座新作公演のキャスティング会議で「戦争成金の男」の役を検討していた。
「本当はナイーブな人なんですが、戦争が人を変えてしまった‥だから、自分に嘘をついて豪快な男を演じているような、でも、根は陽気で面白い人‥そんなイメージなんです」
井上ひさし(以後作家)から新作公演「花よりタンゴ=銀座ラッキーダンスホール物語=」の、登場人物のイメージを聞きながら、作者とプロデューサー、舞台監督の3人で「日本タレント名鑑」を括りながら検討をしていた。
そのうち舞台監督が閃いたような感じで「‥ハナ肇‥」
その瞬間「おおっ、良いですねぇ! うむ、理想の戦争成金ですよ」作家が頷いた。
言い出した舞台監督自身、自分の言葉に驚いたような顔で「そうですねぇ‥いいですよねぇ」
が、次の瞬間、全員がお互い目を合わせながら、首を傾げた‥。
「空いてますかねぇ‥この秋ですよ」
確かに通常、新作公演のキャスティングは遅くても2年前には終わっていなければならなかったが、この時、劇団は座付作者と劇団前代表との離婚騒ぎがあり、色々なものの準備が遅れていた。
さらに言うと、ハナ肇氏はクレージーキャッツのリダーとして、また有名なドラマーとして、そして山田洋次監督の映画に何作も主演している大スターである。
まあ、99%難しいとは思われた。
思案顔の作家と舞台監督に、諦めるなら早い方がいいと思い、
「今すぐナベプロに連絡してみます」
ナベプロとは渡辺プロダクションの事で、当時、芸能界では「ナベプロ帝国」と言われ、100人にも及ぶ超人気タレント擁する日本最大の芸能プロダクションだった。
早々、渡辺プロダクションの知り合いのマネージャーに電話を掛けた。

偶然にも知り合いのマネージャーが電話口に出た。
自分はハナ肇の担当では無いので、今、担当に繋いであげるよ、担当は自分の後輩だから、推してあげるよ、ハナさん多分空いていると思うとの返事だった。
空いている?
大物ほど、ギリギリまでスケジュールを決めないんだよ。
こりゃ、いけるかも!
電話は、すぐ担当のマネージャーに代わった。
ざっと要件を話すと「多分、大丈夫だと思う、詳しくは明日会いましょう」
「では、明日、よろしくお願いいたします」
そう言ってお互い電話を置いた。
台本が無い稽古場
ハナ肇氏の出演交渉は、嘘のようにとんとん拍子で進んだ。
実は1年前に、同じクレージーキャッツの犬塚弘さんが、井上ひさしの傑作「きらめく星座」に出演し、大評判だったのを、ハナさん本人が羨ましく思っていたと言うのを後から聞いた。
まさにいいタイミングだったのだ。
出演はハナ肇さんの他は、SKDの大スター「春日宏美」や「松金よね子」「島田歌穂」「結城美栄子」「外波山文明」の名優たちだった。
ところが、稽古に入る直前まで、台本が上がらなかった。
作家を麹町のダイヤモンドホテルに缶詰にして、24時間、プロデューサーの私が張り付いていたが、台本は遅々として進まず、稽古場はそれまでに出来ている部分の台本で、演出助手や俳優たちが稽古を進めていた。
役者が奮闘、知らない間にできていた舞台
そして、その状態が1ヶ月続き、台本が完成したのは、公演初日の3日前だった。
勿論、いきなり台本が全部渡されたわけではなく、できた部分から毎日4枚、5枚と渡っていたので、俳優は最後の数枚だけを3日で仕上げる形になった。
しかし、問題はこの作品の演出家が、作者の井上ひさしだったのだ。
台本は稽古開始の13時に原稿用紙3枚、17時から18時に2枚、深夜に出来上がった台本は、俳優の自宅のポストへ届けた。

そんな状態で全く台本がなかったわけでは無いのだが、稽古場では演出家が不在だったのだ。
つまり船頭さんの居ない船を、羅針盤も無く、一体どこへ行くのか分からないけど、演出助手や舞台監督が見守る中、俳優たちは色々と論議しながら本番に向けて稽古を進めていった。
そして台本を書き終えた井上ひさしが演出家として、稽古場に入った時には、舞台は俳優たちが完成させていた。
ハナ肇さん、激怒!
それでも、演出家不在で開いた「花よりタンゴ=銀座ラッキーダンスホール物語=」は紀伊國屋ホールでの東京公演を順調に終えて、全国公演に出発した。
全国公演の初日は、首都圏近郊のK市での公演だった。
本番は18時30分、劇団のある浅草橋の事務所から、車で1時間半で行ける公演現場だったので、16時に出発する予定だった。
ところが14時に公演現場の、公演プロデューサーから電話が入った。
「ハナ肇さんが、もう、舞台を降りると言っています」
「なんで?」
「なんか、新聞記事で怒ってます、俺たちの舞台は失敗なのかって」
「なんだそれ?」
「とにかく早く来てください!」
新聞の悪意ある記事
何が起きたのか分からぬまま、予定より早めに公演会場のハナ肇さんの楽屋に入った。
畳敷の楽屋の真ん中にハナさんは胡座をかいて座っていた。
「失礼します、中島です」
ハナさんは私をチラッと見ると、畳に置いてあったスポーツ紙を手で数回叩いた。
そこには大きな文字で「井上ひさし『花よりタンゴ』は失敗作!」と書かれていた。
「中島さんね、俺、失敗作に出てるんだったら、この舞台降ろさせてもらうから」
あまりの驚きと、その新聞記事を読んでいなかったプロデューサーとしての失態に、完全にパニックになった。
本番まであと3時間
「分かりました、じゃあ、今夜の舞台は中止ですね‥」
どうした訳か、何も考えずにそう言うと、ハナさんの楽屋を出た。
しばらくロビーの椅子に座り、客入れの準備をしている劇場スタッフの動きを眺めながら、さて、どうしたもんか、観客はもう来てしまうから、客が入った後に舞台に上がって、今日は中止ですって言ったら、やっぱり怒られるだろうなぁ‥。

なんで?
そう聞かれたら、なんて言おうかな‥
「だって、ハナ肇さんが出ないって言ってるんですよぉ」って言おうかなぁ‥。
なんせプロデューサー業を初めてようやく2年、31歳と6ヶ月、右も左も前も後ろも真下も真上も分かってなかったから、ことの重大さがピンと来なかった。
そもそも、ハナ肇なんてのは、自分が幼稚園に入る前から、テレビで活躍している「ハナ肇とクレージーキャッツ」のリーダーで「おとなの漫画」とか
「シャボン玉ホリデー」とか見ていたし、とにかく自分にとっては大スター過ぎて、その人が降りるって言ったら、もう、降りるんだろうなぁ。
「しゃあねえーか」この先どうなるか分からないけど、覚悟だけはしておこうと思った。
しかし、どんな覚悟をしておけば良いのかは分からなかった。
「中島さん! ハナさんが楽屋で呼んでます」と、公演プロデューサーが青い顔して呼びに来た。
渡辺プロ副社長・ハナ肇VS井上ひさし・中島くん
再びハナさんの楽屋に行くと、ハナさんは既に舞台衣装に着替えていた。
あれ? 出るんだ転々舞台。
「中島くんねぇ」
さっきまで、中島さんだったのが、中島くんになった‥それはそれで、何となく近い関係になった気がした。
そんなこともあったので、つい「はい!」と元気よく返事をしてしまった。
「君はへこたれないねぇ、あのね、しょうがないから今日の本番はやるけれど、明日からどうなるかわからないよ、それでね、今、こまつ座の最高責任者は井上ひさしさんだろ?」
「そうです」
「終演後、井上さんと話をさせてくれ」
「はあ」
なんだかめんどくさくなって来たな‥そう思っていたら
「こっちも、渡辺美佐を呼んでるから」
えっ!
渡辺美佐と言えば、渡辺プロダクション、通称「ナベプロ」と言われ、当時、日本最大の芸能プロダクションであり「ナベプロ帝国」とも呼ばれていた。
渡辺プロダクションの社長は渡辺晋氏で副社長が渡辺美佐氏であった。
ちょっと前のジャニーズ事務所のメリー喜多川氏の10倍位大きな存在で、当時の私にとっては邪馬台国の卑弥呼のような、つまり知っているけど実在する人とは思えないような‥雲上人であった。
その分、恐ろしかった。
そんな私の超、超ビビリとは裏腹に、終演の30分前には、我が「井上ひさし」と「ナベプロ帝国の女王渡辺美佐氏」が劇場に着いた。
で、どうすんのプロデューサー?
公演は観客が大いに笑い、しんみりし、またまた大笑いで、充分に楽しい時間を過ごしてくれたと思える、温かく大きな拍手で幕を閉じた。
その後、全出演者と井上ひさし氏と私、数人の劇団関係者とが、近くのレストランの個室に集まった。
ハナ「井上さん、失敗作とはどう言うことですか?」
ハナさん静かに語り出しましたが、目がマジです。
井上「すみません、このように話してはいません、新聞に面白いところだけを拾って書かれてしまいました」
井上ひさし(以後作家)は、恐縮していた。
ことの真意は、井上ひさしの次回作、松竹制作の舞台「キネマの天地」の制作発表の席上でした。
記者からのインタビューで「今回、演出家としての意気込みや抱負があれば、お聞かせください」
まあ、ありきたりと言えばありきたりの質問だが、そんな質問の返答として、
「前回の舞台は本が遅れてしまい、稽古場に迷惑をかけてしまい、演出家としては大いに失敗でした、今回はその教訓を生かして、一生懸命頑張ります」
そんなニュアンスの答え方をしたのだが、それが
「井上ひさし『花よりタンゴ』は失敗作!」と大きく新聞に書かれてしまったのだ。

まあ、確かに、前回は演出家として失敗というのと、作品が失敗というのでは異なるが、一般に人には「どっちもどっち」と思われても仕方がないかもしれない。
新聞記者はどのような意図で書いたのかは分からないが、誇張して面白おかしく書いたことは間違いない。
スポーツ新聞の芸能記者としては、他紙よりも面白いタイトルやネタを書かねば、上のデスクに叱られるので、必死だとは思うが、この時期の写真週刊誌の記者や、スポーツ新聞の記者達のある種の競争は異常だった。
そこで、分かりました、では、明日からまた皆んなで頑張りましょう!
とかなれば良かったのですが‥
ハナ肇さんも、ナベプロの副社長渡辺美佐氏まで引っ張り出したので、これで鉾を収めるわけにはいかないという感じで‥
ハナ「で、どうしてくれるんです、客はそう思ってませんよ、この記事で『ああ、花よりタンゴは失敗作なんだ』そう思ってますよ」
ハナ肇さんの気持ちは分かるが、じゃあどうすれば‥?
作家もこれ以上卑屈に謝るわけは無いし‥
他の出演者が「まあ、井上さんの話もよく分かりますし、ハナさんのお気持ちもわかりますけど、でも、この後も公演はあるのですから、気を取り直して頑張りましょう」などと言ってくれたのだが、ハナさんは、
「俺は無理だね、もう、この芝居降りる、だから渡辺美佐さんにも来てもらったんだから」
話はなんだかヤバイ方向へ行ってる感じで‥渡辺美佐さんも困った顔になっていた。
ここで公演中止なんかになったら、まだ公演は30ステージ位続くし‥。
しばらく、出演者達が「私は続けたい」とか「なんとか頑張りましょうよ」
「私はこの作品に誇りを持っています」という感じのことを言っていたが、ハナ肇さんは終始ムスーッとしたままだった。
話し合いが硬直し、誰も彼もがどうしていいか分からなくなった。
2時間近くたった頃、それまで静かに皆の話を聞いていた渡辺美佐さんが、おもむろに口を開いた。
美佐「井上先生のお話も、出演者の皆さんもお話も、そしてハナさんの気持ちも分かりました、ここでこれ以上論議をしても無駄だと思います、で、プロデューサー、この決着をどうつけるつもり?」
えっ! 俺?
美佐「私は主演俳優の事務所として、本件をプロデューサーに預けますので、次回の浅草公会堂の公演までの5日間で、皆んなが納得する答えを出してください、その答えによって私たちは判断いたします」
渡辺美佐さんのその発言をきっかけに、出演者達は頷きながら静かに席を立った。
後に残ったのは、作家と若干の劇団関係者‥そして困惑する中島だった。
作家は疲れた表情で「話は中島さんに行きましたね、まあ、よろしく」
えーっ! 大の大人、それも舞台のプロ中のプロが2時間近く話し合って出なかった結論を、どうやって答えを出すんだよ〜
プロデューサー人生始まったばかりなのに、その後の人生にも無かったような大問題‥
例えて言えば坊主頭の小学生が「壇蜜を口説いて一発やって来い!」って言われたようなもんで‥
えーっ、そんなぁムリムリ、だいたい小学生からすれば、おばさんだし‥。
じゃあ、舞台降りるから、後知らないよ。
そう言われているような‥例えが良くないのはわかってるけど、そんな感じだった。
マネージャーからの呼び出し
その日の夜から、どうしたらいいのか?
絶対無理だろこれはという思いと、でもなんとかしなくちゃという思いとが、行ったり来たり‥というより、浮いたり沈んだりの方が感覚的には合ってるような‥
そんな時、面白いもんでナベプロ以外の芸能事務所の全てのマネージャーさんから、会えないか?
という電話が掛かってきた。
藁にもすがる思い出、それぞれのマネージャーと会った。

井上先生によろしくお伝えください、ねっ、ねっ。
皆いうことが一緒だった。
「ウチは何が合ってもやらせて頂きます、降りるなんて言いません、是非続けさせて頂きたいと思います、井上先生は作家だから、いろんな深いお考えがあるでしょう、私たちはついて行きます、そうお伝えください‥」
なるほどね、人が色々な局面でどう動くのかというのを知ったのは、とても面白かったです。
いずれにせよ皆が言うのは「井上先生に解決策を委ねてはダメで、ここはプロデューサーが自分で考えて決めてください、マネージャー達はそれを100%受け入れますから」
若干31歳の心許ないプロデューサーに、芸能界の諸先輩達からの「頑張れエール」が嬉しかった。
が、どう解決すればいいのか、一向にいい考えは浮かばなかった。
とうとう神頼み
こんな時、ひとつ、ひとつ考えてみると‥
ハナ肇さんは、自分の今やっている舞台が失敗作だったと、作家兼演出家の井上ひさしが言って、新聞に載った。
作家は前回は執筆が遅れて、なかなか稽古場に行けなかった、演出家としては演出家失敗だ‥と言ったのが、前作が失敗作だったと新聞に書かれた‥。
じゃあどうする‥
うむ‥ハナ肇さんは、新聞を読んだ人が「これは失敗作だ」と思われるのが嫌だ‥
でも、スポーツ紙を読んでる人で、どれだけこの演劇を見に来るのだろう?
そんなにいない‥と思う‥だから「ハナさん気にしなくていいですよ」‥って、これじゃダメだろうなぁ‥。
うーむ、つまり作家もハナさんも今となっては、どうしていいか分からなくなって「おい、プロデューサーなんとかせい!」ってことだから‥
お互い、振り上げた拳をどう収めるか‥分からなくなっているから‥。
それを作ればいいんだと思うし‥
ああっ、わかんないなあ‥
うむ?
ハナさんは、客が「この芝居は失敗作」だと言う先入観を持たれるのが嫌なんだろうなぁ‥。
ってことは、客がそう思わなければいいのであって‥
でも、それは今更「あれはそう言う意味で言ったんじゃ無いんですよ、実はね‥」っとどこかに発表しても、誰も読まないだろうし‥
これ、こんな感じで考えていても、絶対、解決策なんか出てこないと思うなぁ‥
ああっ、神様‥
?
か・み・さ・ま・?
ちょっと拡大解釈すれば、ハナ肇さんの危惧は「この舞台は失敗作」だと、お客様が思うのが嫌だ、なんとか打ち消したい。
つまり、打ち消すと言うのは‥祓い去る事で‥
あっ!
お祓いだ!
舞台の場合、通常は俳優やスタッフが客席にいて、舞台に向かって神棚を作って、舞台を清めるのが普通だけど‥この場合は、客席を清めたらどうだろう?
浅草公会堂での詔
前回公演から5日後
「花よりタンゴ=銀座ラッキーダンスホール物語=」の浅草公会堂公演だった。
18時30分の開演だったが、俳優、スタッフ全員に15時に劇場に来てもらうよう連絡を入れたおいた。
15時少し前に、全員の着到を確認し、舞台上に集まるようお願いをした。
ハナさんは「俺はまだ、今日の舞台やると言ってないからな」と言っていた。
俳優とスタッフが舞台に来ると、舞台上に仮設の神棚が客席を向いて置いてあった。
皆、不思議そうにしているところへ、
「それではハナ肇さん、舞台センターにお立ちください」
そう言ってハナさんを誘導した。
そこは舞台中央の神棚の真正面にあたる場所だった。
まごつきながら真ん中に立ったハナさんを中心に、左右に俳優とスタッフが並んだ。

「これから、神主さんにお願いし、神様に客席を清めて頂きます」
「この舞台作品そのものは、全く穢れはありませんが、新聞により一部のお客様に、若干の誤解という穢れがあるかもしれません、本日、ここでそれら全てを穢れを拭い去りますので、皆様、ご協力をお願いいたします、それではお願いいたします」
私の挨拶に続き、神主さんが出てきて幾つかの段取りの後、詔を読み始めた。
詔の間は皆静かにそれを聞いていた。
流石に神様の前なので、誰も文句を言い出す人間はいなかった。
時々「ハナの肇、松金のよね子、島田の歌穂」と苗字と名前の間に「の」を入れる詔に、笑いそうになっている人もいたが、儀式は静かに進んでいった。
勝負はこの後だ、この後、玉串(たまぐし)の奉納の儀があるのだが、そこで私が
「では最初にハナ肇さん、お願いします」と言って、ハナさんが玉串を掴んだら、こっちのもんだ!
そう思って、詔の終わるのを静かに待った。
途中、神主さんが客席に向かって、たくさん紙が付いた大きなハタキみたいなので、客席を何度か払う仕草をすると、座っていたマネージャーさん達が慌てて客席から出て行くのが見えた。
悪霊が出て行った‥みたいな気がした。
玉串奉納
詔が終わり、神主さんが何度か客席を払った後、舞台上に並んだ俳優やスタッフの頭の上を、二度、三度払った。
そして、神主が「では玉串の奉納をお願いいたします」と言った。
ついに来た!
極力冷静を保ちながら「それでは最初にハナ肇様お願いいたします」
結構冷静に言ったつもりだったが、心臓はバクバクしていた。

「掴め! ハナ肇、玉串を!」
こちらの緊張をよそに、ハナさんはごく普通に玉串を受け取った!
やった。
綺麗さっぱり、みんなよろしく!
結局、考えて、考えて、考えた末に、結論が出なかった。
これ以上理屈で考えても無駄だと、なんとか発想をジャンプ出来ないか、次元を変えられないかと考えたら、神様と一緒に客席を清めて、色々あったけどこれでスッキリして、はい終わり!ばんざい!
を、数日前の風呂の中で思いついた。
ハナ肇さんの玉串奉納の後は、俳優、スタッフがなんだか足取りも軽く玉串を神棚に置いた。
最後に私が置かせてもらった。
儀式が終わると同時に
「皆さん、色々ありましたが、これからもよろしくお願いいたします!」と声を出した私に、俳優達はその何倍も大きな声で「よろしくお願いいたします!!」と返答してくれた。
ハナさんは、黙って二度三度頷いた後、私の目を見てニヤリと笑ってくれた。
この人、この芝居の最高責任者
結局、どんな解決案を出してくるのか、心配していた俳優、スタッフ、マネージャーそして渡辺美佐さんは、全く予想していなかった解決策‥実際、解決したのかは分からなかったが、少なくとも「降りる、降りない」と言う話は消えた。
この一件で「あの若いプロデューサーはなかなかやる」と言うことになって、以後、私に実力以上の評価がつく事になった。
特にハナ肇さんはいろんな人に「彼がこの舞台の最高責任者、中島さんです」と紹介してくれ、他のマネージャーさんや俳優さんからも「中島さんは、できるプロデューサー」と言われ出した。
勿論、解決策なんて、一生懸命考えたって、出てこない時は出てこないのだが、それでも考え続けていると、全く予想外の事を思いつくことがある。
それは私が井上ひさし氏の側にいたから分かることで、考えて、考えて、考えあぐねていて、それでも考えていると、ある時ピョンと異次元に飛んでいくことがある。
どうも、それがもはや正しいのか、間違っているのかはということよりも、面白いと思うかどうかが大事になっている。
ハナ肇さんの降りる、降りない問題は「神主」さんを呼んできて「お祓いしちゃった」が、とりあえず面白かったのである。
これ以降、私が何かの分岐点に立って悩む事になった場合、どっちが正しいのかより、どっちが面白いかを選ぶことが人生を素敵にしてくれた。
中島豊
おまけ
後になると、思い出して面白いことがいっぱいあるけれど、その時はもう地の底に落とされたような気がしていたし、実際、落とされていた。
それでも、頑張って面白い事はなんだろうと考える事が、ほんのちょっと人生を人生を良くしてくれた。
だけど、それが能率的かとか、経済的かとかを問われると、全く非能率的だし、非経済的で、世の中的には「ダメ」となっている。
けど、本当にダメなのはどっち?

