舞台スタッフの仕事の合間 抱腹絶倒の旅公演

旅公演でのスタッフ

演劇は東京公演の後、旅公演といった全国を巡回することがあります。

よく言われる言葉に「ドサ周り」というのがあります。

基本はそれに近いのですが、現在では、映画に出てくるような「劇団雲の甚五郎一座」などと書かれた旗を、大八車に突き差して、カラスが鳴いてる夕日の峠を進むような感じではなく、
指定列車に乗って、ホテルや旅館に泊まり、劇場は県民会館とか市民会館の大きなホールです。

公演地は長いところで1週間、短ければ1日で、そうい公演は「乗り打ち」と言って、公演翌日には次の公演地に向かいます。

旅公演の期間は一つの演目で1か月から3ヶ月、4ヶ月、長ければ6か月というものもあります。

厚手のコートを着て2月の北海道公演に東京を旅立ってから、3月雪解けの東北公演、4、5月春麗かな関越地方を回り、まるでシベリアから帰ってきた兵のような格好のまま、7月うだるよう暑さの東京駅に降り立つなんてことも珍しくありません。

それだけ長く旅をしていれば、非日常である旅が日常になってきて、だんだんみんな旅に飽きて、野球大会やバーベキュー大会、ボーリング大会、レンタカーでのミニドライブなど、色々なことをし始めます。

これは私が20代、俳優小沢昭一さんが座長の「劇団しゃぼん玉座」旗揚げ公演、井上ひさし作・木村光一演出の舞台「國語事件殺人辞典」の旅公演先での出来事です。

事件は1983年11月某日 鳥取県米子市

その日は「乗り日」といって、公演が無く、次の公演地に移動するだけの日でした。

瀬戸内海に面した岡山から、電車に乗って午後3時くらいに日本海を望む鳥取県米子市に到着しました。

本番が無いということもあり、3時間ほどの移動の車中、総勢40名ほどの俳優やスタッフたちは、ビールや日本酒、ウィスキーなどで酒盛りをしながら、米子駅に着いた時には全員がすっかり出来上がっていました。

真っ赤な顔した千鳥足の数十人が、タクシーに分乗し全国有数の温泉地、米子皆生温泉の某旅館に到着しました。

一行は移動の疲れもあり、温泉に浸かってのんびりしたり、引き続きどこかの部屋に集まり飲み続けていたりしていました。

その内にスタッフの小林という男が、
「おう、駅前で花火を買ってきたから、今からそこの海岸に行ってやろうぜ!」
と、皆に声をかけてきました。

ダラダラ飲み続けているのに、少し飽きてきた酔っ払いたちには、面白い誘いとなり、早々、浴衣姿のスタッフ10数人と、面白がって付いてきた若手女優数人が、旅館の玄関に集まりました。

そこから、「皆生温泉海遊ビーチ」という海水浴場までは、歩いて5分ほどです。

すっかり酔っ払った陽気な浴衣集団は、温泉の歓楽街に差し掛かりました。

そこはソープランドやキャバレーが立ち並ぶ、キラキラのネオン街で、蝶ネクタイをした大勢の黒服が、温泉の酔客を呼び込んでいました。

「お兄さんたち、米子でいい思いしていきなヨ!」
「今、今、今なら良い娘がいますよ、特別ですよ!」
「女連れでも良いよ!なんだったらお姉ちゃんたちもどう?」

しきりに声をかけて来ました。

いい気分で酔っ払っている連中には、それもこれも楽しくて仕方なく、蝶ネクタイ姿の男たちに、
大きく手を振ったり
「帰りに寄るよ!」
「おっぱい大きい子お願い!」
「俺、レスラーみたいな、でかい娘がいいんだけど」

笑いながら、テキトーな返事をして、怪しげなゾーンを抜けビーチに到着しました。

皆生温泉海遊ビーチにて

時刻は午後7時過ぎ。

明るい相模湾で育った私には、物静かな日本海の波音と潮の香りはとても落ち着けるものでした。

小林が買ってきた花火は、おそらく200本以上あったのではないでしょうか。
皆んなが一斉に打ち上げ花火やネズミ花火、爆竹に火をつけてもまだまだありました。
静かだったビーチは、途端に笑い声と破裂音、煙と火花で、一気に騒がしくなりました。

風が強かったので、マッチやライターでは、火をつけるのが大変でしたが、そこは舞台スタッフたち、乾燥した流木を集めると、あっという間に井桁を作り、焚き火をし始めました。

その焚き火から花火に火を着けるので、花火の間隔が急に早くなってきて、立て続けに花火が炸裂していきました。

浜中に轟くようなバカ騒ぎでしたが、幸い、我々以外に誰もいませんでした。

その内、一番酔っ払っていた舞台監督の高村さんが、全裸になって海に飛び込みました。

「うぉぉぉぉ!」

長身の舞台監督は股間が水面に触れる、ギリギリのところまで沖に行き、そこで仁王立ちになりと、雄叫びをあげ、イチモツを米子の夜空に向かって突き上げました。

我々舞台スタッフのリーダーである舞台監督のその姿に、皆、我も我もと浴衣もパンツも脱ぎ捨て、全裸で雄叫びを上げながら、海に飛び込んで行きました。

ビビリの私は「オレ、焚き火の番してるよ、火の粉が飛んだりしたら危ないからさ」とかなんとか言いながら、海には飛び込みませんでした。

正直、逗子の海育ちの私は、酔っ払いが全裸で海に飛び込んで、死んだ例をいっぱい見てきました。
だから、何かあっても自分だけは助かろうと思っていました。

「キャーァ!」
海から女の悲鳴が聞こえてきました。

一緒に花火をやりに来ていた若手女優の数人が、全裸の男たちに捕まって、浴衣のまま海に引き摺り込まれています。

今だったら、うーむ、当時でもこれは犯罪です。

が、女優たちも酔っ払っているので、どちらかというと嬌声をあげて海に入っています。
流石に、浴衣は着たままでしたが‥

私はいつ逃げるか、それも、浴衣を着たまま裏切ったように見えないには、どうやって逃げればいいか?

そんな事を必死に考えていました。

そんな状況の中、焚き火にあたりながら、その様子を冷ややかに見ていたのが、石井さんという衣装スタッフで、砂浜に来ているのに全身白いスーツと白いエナメル靴という、ダンディな格好をしてました。

それが、酔っ払いにとっては格好の餌食だったのでしょう。

「あっ、石井ちゃんが浜にいるぞぉ!」
「石井、海来い!」

その声を聞いて、私は咄嗟に近くにあった棒を、焚き火に差し込んで、いかにも火の番に余念がく、自分の周りで起きている事には、気が付かないそぶりをしました。

海の中にいた全裸男たちのうち、数人が駆け足で浜に上がって来ると、逃げる石井さんを力づくで捕まえ、ジャングルの原住民が、狩で捕まえた野豚を運ぶように、石井さんの両手両足を掴んでぶら下げました。

石井さんは、必死に抵抗していましていましたが、多勢に無勢、白いスーツはあっという間に、大きな白波に飲み込まれ、青緑の海に没していきました。

やばい、‥まともに浴衣を着ているのは、もはや私1人でした。

次は俺だ‥

でも、往生際の悪い私は周りで何が起きているか、ぜんぜん知らない‥とい感じで、焚き火の番に余念がないように、海に向かって見せつけていました。

いざとなったら、嫌だけど浴衣もパンツも脱ぐ覚悟はできていました。

しばらくすると海中から、ザバァーっと音がして、土左衛門のような姿の石井さんが立ち上が離ました。
石井さんは、膝に波を受けながらも仁王立ちなり、カッ!と目を見開いていました。

全身に砂が付いた白いスーツは、斬新なデザイン模様にも見えますが、ビシッとポマードで七三分けされていた髪は、ワカメが貼り付いて落武者のようになっていました。

目は怒りと海水のため、真っ赤です。

やがてワカメと砂にまみれた石井さんは、浜辺を目指して海中をジャブジャブ歩き始めました。

確実に陸に向かっています。

やばい、石井さんの怒りの矛先は、ひとり無事な私に向かっている!

今度こそ、絶体絶命だ!

怒り狂った石井さんは上陸すると、一直線に焚き火に向かって来ます。
もはやこれまで、私は立ち上がって浴衣を脱ぎはじめました。

遂に、焚き火まで来た石井さんでしたが、そこで大きなくしゃみを一回すると、半裸の私を無視して、いきなり周りに散らばっていた男たちの浴衣やパンツを拾い集めました。

そして、その浴衣やパンツを能面の様な表情で、一気に焚き火の中に投げ込んだのです!

最初の数秒、燻っていた浴衣やパンツでしたが、一旦火がついたら一気に炎をあげて燃え出しました。

一気に燃え上がる、浴衣とパンツ

阿鼻叫喚! 皆生温泉歓楽街に轟く、恐怖の雄叫びと下駄の音

海の中ではしゃいでいた連中は、すぐそれに気がつきました。

「あ〜っ、パンツ !
「‥燃えてる!」

ボー・ボーッ!(炎)

浴衣やパンツが燃える炎が、波に反射して海中の男たちを照らしました。

焚き火の前に立った石井さんの顔は、不敵に笑っているように見えましたが、やがて全身ずぶ濡れの男たちが、しぶきを上げながら浜に向かって来ると、全速力で旅館の方へ逃げ出しました。

ヤバイ、このままだったら、ひとりだけ浴衣を着ている自分が、ただで済むわけがない!

「こら、石井、待てぇぇぇ!」
石井さんを追うフリをして、私も必死でその場から逃げました。

うお〜っ!」
「待てえ〜っ!」

背後から、地響きを立てながら、全裸の男たちが、迫ってくるのが分かりました。

「ダメだ、このままでは、追いつかれる」

こちらは走るのには適さない浴衣。
一方、男たちは全裸に旅館の下駄だけ履いて走ってくる。

パンツを燃やされた怒りが、走行速度を押し上げ、下駄の音がまるで機銃音のように迫って来ました。

ダメだ、とても太刀打ちできない。

私は観念しながらも、近くにあった電信柱の後ろに身を隠しました。

隠れながらも、こんな所ではすぐ見つかって全裸にされる。
怯えながら、できるだけ小さく身を屈めておりました。

それでも、恐る恐る男たちを見ると、まだ30メートルほど後ろです。

ですが、歓楽街に10人は居たであろう、蝶ネクタイ姿の呼び込みの男たちや風俗嬢たちが、怒涛のような雄叫びをあげて迫ってくる、全裸下駄集団を見て、悲鳴をあげながら、慌てて店の中に逃げ込んで行きました。

店先に居た客たちも、声をあげてしゃがみ込む者、銅像のように固まってしまう者、悲鳴をあげて逃げ惑う者さまざまです。

全裸の男たちの20メートルほど後ろから、下駄の音に混じった女の悲鳴が聞こえました。

見ると、濡れた髪を振り乱しながら、ずぶ濡れの浴衣に下駄で走ってくる数人の女優たちでした。

まるで心中しようと男と海に入ったのに、自分だけが死んで男は逃げた!

男が許せない! カタカタ!
今でいう「貞子」のような姿です。

ちょうど出勤途中だったのでしょうか?

何も知らない、ソープ嬢らしき派手な身なりの女の悲鳴が響きました。

それを打ち消すように、全力で走る全裸男たちの雄叫びとカタカタと鳴る下駄の音。

悲鳴とともに、下駄を鳴らして追いかけるずぶ濡れの女たち。

平和だった米子皆生温泉の歓楽街は一瞬にして、地獄絵図に変わりました。

ずぶ濡れで、悲鳴を上げながら走る女優のイメージ

やがて、男たちは私の隠れている電信柱までやって来ました。
私は目をつぶって息を止め、石になりました。

頭の中には、浴衣もパンツも脱がされ、米子のネオン街に晒し者にされて歩く、我が身が鮮明に浮かんでいました。

「もう、ダメだ‥ケツもチンチンも出そう!
 
本当に覚悟しました。

しかし、彼らが興奮していたのが幸いしたのか、男も女も私には全く気が付かず、全速力で下駄の音と共に走り去って行きました。

私はどうすればいいのでしょう?

覚悟をしてしまった分、どうしていいのか混乱している自分がいました。

自分だけは助かっている‥なんか、大惨事の中で自分だけが助かった‥そんな気持ちと、自分はなんて卑怯なんだと、ほんの少し反省しつつも、しばらくすると無傷の嬉しさでいっぱいでした。

 そっと旅館に戻ってみると、男たちは全裸のまま部屋に逃げ込んだ石井さんを、数人掛で捕まえ、大きく担ぎ上げると、そのまま最上階にある大浴場に行き、奇声とともに湯船に放り込んだそうです。

石井さん着水の衝撃で湯が大きく波打ち、そこに入っていた数人が、揺れる湯の波に足を取られながらも、必死で湯船から飛び出ということです。

悶絶!小沢昭一座長

洗い場の蛇口の前には、運悪く、頭をシャンプーだらけにした、しゃぼん玉座座長の小沢昭一さんがいました。

ちょうど、その頃、大浴場に着いた私が中を覗くと、

「あう、あう、あう」
シャンプーで目が開けられない小沢さんは、何か恐ろしいことが起きているのは分かったのでしょう。
必死に股間を押さえていました。

全裸の男たちは、一仕事終えたような、満足した顔で何事もなかったように湯に浸かっていました。
白いスーツの石井さんも、憮然として湯船に浸かっています。

一人、小沢昭一さんだけが激しく動揺し、なんとか頭のシャンプーを洗い流そうともがいていますが、泡が目に入ってしまい、開けられない状態でした。

それでも、洗い桶で股間を隠しながら、湯の出る蛇口を掴んで必死に湯を出そうとしています。

その様子を背後から見ていた私は、自分も今まで皆んなと一緒に裸でいたように、脱衣所で急いで裸になり、そこに置いてあった鉢植えの土を顔に塗ったくっりました。

たった今砂浜から上がって来たように、偽装できたか鏡で確認すると、脱衣場にあったバスタオルを数枚引っ掴んで、風呂場に駆け込みました。

そのまま、小沢昭一さんにバスタオルを掛け、
「安心してください、演出部の中島です。皆んな酔っ払ってます、今、シャワーを出しますから」
そう言うと、栓をひねりシャワーヘッドを小沢さんの手に渡しました。

「バスタオルは、そのままそこに置いておいてください、私が後で片付けます」

そう言ってから、なるべく浴槽から湯気で見えずらいところを歩きながら、静かに目立たないよう湯に入りました。

「中島、まだ顔に砂がついてるぞ」

湯に浸かっていたスタッフの一人が声をかけて来ました。
おっ、誰も気づいていない。
「ああ、砂だ」
「お前、いたっけ?」
「えっ? いる訳ないでしょ、あんな歓楽街を裸で走るなんて、お陰で下駄で躓きそうになったよ」
「はっ、はっ、は、は、は、」ウケた。

小沢さんを見ると、バスタオルを持って、急ぎ早に湯殿を出るところだった。

私は湯を飛び出すと、すかさず、小沢さんのバスタオルを引っ掴みました。

「これ、私のバスタオルですので、まだ、使います‥あっ、お気にせず、どうぞ、お上がりください、大変お騒がせいたしました、皆にはよく言っておきますから、どうぞ‥」

「な、なかじまくん‥あ、あいつ、スーツで入ってる‥」

「彼は衣装スタッフですので、大丈夫です!」

まったく的の得ない返答をしたが、小沢昭一さんは納得したように頷いて、湯殿を出て行った。

その後、小沢昭一さんの私に対する態度の変化は、特に見受けられなかっが、あの日以来、小沢さんは決して大浴場に行くことは無かった。

旅館の浴衣の紛失は、プロデューサーが謝って弁償したとのことでした。
暴走したスタッフにもお咎めはありませんでしたが、しばらくの間、米子皆生温泉の歓楽街には、海で死んだープ嬢と客の幽霊が出るという噂がたっておりました。

 舞台のスタッフが、いつも、いつもこんなことをしている訳ではありませんが、もし、そんな所に遭遇してしまった時は、多少、卑怯でも全体を俯瞰しながら動いていた方がいい気が致しました。

元新国立劇場 演劇プロデューサー
中島豊

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