今回は、少しプロ向きのお話になってしまいますが、演劇鑑賞会で全国ツアーを決定させる、セールス技のお話ししてみたいと思います。
ちまちま、コソコソが大事
私は劇団こまつ座のプロデューサー時代、公演の3年前には、仲代達也(無名塾)、杉村春子(文学座)、宇野重吉、滝沢修、(劇団民藝)加藤剛、栗原小牧(俳優座)のスケジュール、特に全国ツアーの予定は完全に把握し、全国各地の演劇鑑賞会に劇団の作品を売り込む際には、彼らが出るいわゆる強い作品とは時期も地域も重ならないように、つまり競争しないようにしていました。
当時、絶大なる人気を誇っていた、こまつ座の座付作家、井上ひさしの作品は全国どこの地域でも、ツアーを周ると言えば、公演を呼んでくれました。
それでも他の劇団から強力な作品や俳優が出てくれば、万が一にもこまつ座作品が、買ってもらえないともありました。
ですから、強力な作品は俳優が、例えば3年後の9月、九州地方に杉村春子さんの代表作「女の一生」が、ツアー公演候補作として上がっていると聞けば、そこにはこまつ座の企画作品は絶対に出さず、他の地域か時期をずらして提案していました。
おかげさまで、彼らがやらない地域と時期の隙間を狙って、毎年、全国公演300ステージ➕東京公演100ステージの合計400ステージを成立させることができました。
事情を知らない人からは、天才プロデューサーと謳われました。
本当はチマチマ、コソコソ、勝てそうかな?
と言う相手とだけ、勝負していただけです。
全国演劇鑑賞会とは
演劇公演が東京で終了すると、演劇鑑賞会などに公演が売れた作品は、全国ツアーに出ます。
期間は1ヶ月程度から長いのは3ヶ月、4ヶ月というのもあります。
日本全国にその都市での公演を主催してくれる、民間非営利団体の演劇鑑賞会や県民会館・市民会館の県立、市立の主催者、あるいはテレビ局やラジオ局、教育委員会や観光協会、プロモートを行なっている株式会社、などがありあます。
公演は大体が、1ステージ単位で買い取るスタイルです。
細かくは、ホテル代から食事代、移動費、消費税など全て込みで買い取る場合(オール込みと表現します)と、上演料だけ支払って、ホテル代や食事代などは主催者が払ってくれるスタイル(アゴ、まくら別、と表現します)など色々あります。
順を追ってこの公演主催者の説明をいたしますが、今回は劇団が全国公演をする際に、最も多くのステージ数を数える、演劇鑑賞会に絞ってお話を進めていきます
演劇鑑賞会の名称は、色々あって、一例を挙げると「金沢市民劇場」とか「仙台演劇鑑賞会」あるいは「三多摩演劇をみる会」「岐阜勤労者演劇協議会」など様々ありますが、基本的な会の運営や組織は同じものです。
演劇鑑賞会は北海道から九州・鹿児島まで全国の主要都市にあります。
演劇鑑賞会が特徴的なのは、会員制の組織で、全てにおいて会費で運営されている、非営利の文化活動団体ということです。
全てとは、劇団などに支払う上演料のほか、ポスター代、ホールを借りるお金、劇団員たちの宿泊費や食費などです。
組織は大きなブロックと呼ばれる単位と、そのブロックを構成する各都市の鑑賞会組織があります。

ブロックは全国に、北海道、東北、関越、首都圏、神奈川、静岡、長野、中部・北陸、近畿、中国、四国、九州という12のブロックがあります。
そのブロックを構成する各都市の鑑賞組織は、北海道の4団体から最大の九州18団体まで、
全国に119団体を数え、総会員数は残念ながら、年々減少傾向ですが、2020年のデータで、94056人となっております。
この鑑賞組織が、年間6回から多い場所では12回の演劇公演を、例会という名称で劇団を招聘してくれ、劇団はそこで演劇を上演いたします。
上演回数は各組織の会員数や使用するホールの客席数で、若干の変化ありますが、会員数が1000人以下の団体は1回公演、1000名を超えると、ホールの大きさにもよりますが、2回、3回と公演数が多くなっていきます。

全国公演は、統一例会と言って、ブロック単位で一つの作品を上演することが多くあります。
例えば「ハムレット」という作品を一つのブロックで上演することが決まると、そのブロック内の各演劇鑑賞会を巡回して公演いたします。
ですから、ひとつのブロックで上演が決まると、傘下の鑑賞会で合わせて10回とか20回の公演が組まれることになり、巡回する劇団にとっても鑑賞する組織にとっても、とての効率的な仕組みになっています。
演劇鑑賞会の組織内容
演劇鑑賞会は、会員になる場合、サークルという単位で参加するという仕組みです。
サークルは最低3人からなり、各サークルは「ひまわり」とか「なでしこ」などと言った、サークル名と代表者を1人、自分たちで決めて鑑賞会に参加します。
多いところは人数が20人以上のサークルなどもあります。
大体が、職場サークルのようです。
「自分一人しかいないけど、参加したいんです」
という人には「じゃあ、ご近所のひまわりサークルをご紹介しますから、そこに入ってください」
というように既成のサークルに入れてもらうなど、色々融通はきくようです。

彼らは自分たちの活動を演劇鑑賞運動と呼びます。
組織の目的が、営利ではなく日本演劇の発展と、日々の暮らしの潤い、さらには文化的生活の希求を目的となっているからです。
したがって、単なる舞台の観劇ではなく、劇団や創造集団とともに文化発展に寄与するという姿勢から、劇団を呼ぶのも、舞台設営や会場での運営、楽屋などでの交流など、職業的な関係ではなく、サークルを基本に形成された市民文化活動として位置付けられています。
サークルの各代表者の中から、その鑑賞会の会長と事務局長、そして数名の役員が選出されます。
事務局長は会の運営全般を受け持ち、専従的に仕事をしている人が多くいます。
演劇鑑賞会が観劇作品を決めるまで‥表の動き
演劇鑑賞会が上演作品を決める場合、上演年度の2年ほど前に、劇団に対してブロックから、
「翌々年度の全国ツアー可能作品の企画募集」という手紙を送り、それに劇団側が演目作品やツアー可能時期、上演料などを書き込んで、鑑賞会のブロックに返信します。
返信されてくる数は、例年ひとつのブロックで30劇団ほどあり、作品数も一つの劇団が2つの候補を提出することもあるので、全部で40作品ほどになります。
鑑賞会は送られてきた作品企画を、タブロイド版ほどの機関誌、数ページまとめて全会員に告知します。
会員はその資料を読み、自分たちが翌々年に観たい作品をサークル内で検討し、その結果をサークルの代表者は代表者会議で、2年後の上演候補作品の選定が行われます。
そこで上がった候補作品を、事務局長がブロックの会議へ持っていき、ブロック内で事務局長たちが、上演候補作を15作品から20作品ほどに絞ります。

数週間後、候補作品の劇団プロデューサー達が呼ばれ、事務局長や会長、会員に向けての、作品プレゼンを行います。
例えば、東北ブロックに呼ばれると、そこには東北ブロック傘下の各都市(青森、八戸、盛岡、仙台、福島、いわき、会津、郡山、鶴岡)の鑑賞団体の事務局長や会長、その他代表的なメンバーが揃います。
会場は大抵が、会議を順番で主催する各地の演劇鑑賞団体が、温泉旅館などを準備して、演劇鑑賞会の会員や劇団プロデューサーなど、150名ほどが宿泊します。
山形だったり、仙台だったり、私が経験した中で素敵だったのは、松島でした。
松島には演劇鑑賞会はないのですが、会議を主催する担当の宮城県仙台市の演劇鑑賞会が、松島を選んで、東北県内の演劇鑑賞会のメンバーに、東京から20劇団のプロデューサー達が集まり、総勢200名超えの壮大な会議でした、
会議は宿泊内の会議室で、1日目にプロデューサーが、ひとり15分程度のプレゼンを行います。
15分と言っても20人いれば、5時間ほどかかります。
自分のプレゼンが終わったプロデューサー達も、他の劇団のプレゼンを聞いて、その動向に注視します。
鑑賞会の人たちは、そのプレゼンを元に、後日、最終検討が行われ翌々年の演目が決定することになります。
1日目の会議が終わると、夕食会となり鑑賞会の会員さんとプロデューサー達が、酒を交えての交流会が始まります。
自分の劇団の作品が売れそうになくても、この交流会だけを目当てに来ているプロデューサーもいます。

それはそれでご愛嬌と、顔繋ぎということでもあります。
これが全国演劇鑑賞会の表の動きです
演劇鑑賞会が作品を決めるまで‥水面下編
以下、裏の動きです。
私が現役の劇団プロデューサーの時代の、水面下の動きを思い出話として記したいと思います。
私が所属していた劇団こまつ座は、基本的に劇団員としての俳優が所属しておらず、作品の上演を企画した段階で、劇団やプロダクションに連絡をし、俳優の出演交渉をしてました。
スタッフも同様、作家である井上ひさしを除いて、演出家や舞台監督、音楽家など全て公演ごとに集めて上演をする、プロデューサー・システムと呼ばれる公演形態をとっておりました。
キャスティングは公演の3年ほど前に行っていました。
現在が2024年だとすると、プロデューサーは2027年の俳優のスケジュールを聞いて、空いていれば交渉に入ります。
まず、俳優のスケジュールが空いているか否かの問い合わせだけは、どんな劇団やプロダクションも教えてくれます。
そこでもし全国ツアーに企画が出たら、こまつ座の作品が選ばれないかも知れない、大物俳優が出演する作品をチェックしていました。
つまり3年前に、仲代達也(無名塾)、杉村春子(文学座)、宇野重吉、滝沢修、(劇団民藝)加藤剛、栗原小牧(俳優座)のスケジュールを問い合わせをすることが可能だったのです。
彼らのスケジュールを動かしているのは、劇団制作部ではなく、それぞれの劇団にある映画放送部というマネージメント専門に行う別組織です。
3年後の杉村春子さんのスケジュールを教えて欲しいという問いに「再来年は5月から7月にかけては、『女の一生』で中国、四国そして近畿地区の旅公演があります」と教えてくれます。
私も杉村春子は文学座の大看板女優ということは存じでいますので、こまつ座への出演は難しいのはよくわかります。
文学座へスケジュールの問い合わせは、なんという作品でいつ頃、どこを回るかを知るためです。
結果、再来年の5月から7月にかけては中国、四国、近畿に作品の企画を提案しても、成立は厳しいとみて、それ以外の地区や時期に企画を提案していきます。
さらに、3年先の企画を検討している鑑賞会から、各劇団へ企画提出依頼の前に、上演希望作品を聞いて、それを企画として提出をしておりました。
事前に解答を見て、答案用紙に答えを書くような状態です。
この上演希望作品は、現在、全国ツアーをしている公演プロデューサーが、各地の鑑賞会の会長や事務局長、会員と懇親会を設け、その場で聞き出していました。
例えば井上ひさしの傑作「人間合格」が希望作品として上がったら、直ちに現場から、劇団事務所にいる私に「中国・四国地方は人間合格が希望、時期は3年後の9月」との連絡が入ります。
連絡をもらった私は、その日のうちに「人間合格」の演出家、鵜山仁氏のスケジュールを確認、空いていれば直ちに押さえる。
同時に主演俳優、風間杜夫さんのスケジュールをおさえてしまう。
その上で、公演プロデューサーに折り返し、演劇鑑賞会への次回企画として提出するので、上演を確約してくれるように頼んでおきます。
上手くけば数日のうちに、3年後の9月10月の中国・四国ブロックでの2ヶ月公演が内定いたします。
表向きには公演2年前に企画作品を提出し、表の動きをしていき実際には、鑑賞会のプレゼン会議の夜の宴会時に、別の部屋で、すでに実施することが決まっている公演の、具体的な日程作成を鑑賞会の役員とプロデューサーとでしております。
営業の基本は1に情報、2に情報、3、4、も情報、5も情報
劇団こまつ座は、井上ひさしの作品だけを上演する目的で設立された劇団でした。
プロデューサーとしては、シェイクスピアとかギリシャ悲劇、チェーホフ、ブレヒトなどをやりたい気持ちもありましたが、井上作品だけをやるというのは、演目を選定する上での楽さはありました。
無限にある演劇作品から、演目を考えて行かなければならないのが、プロデューサーだとしたら、井上ひさしの作品だけを上演すると云う、限定の中での演目選びは大変楽であるのと同時に再演をする度に、何か新しい工夫やキャストで臨む、作品を深く掘り下げていく面白さもありました。
もうひとつ、井上作品は人気があり、東京公演は労せず10,000人の観客を集めることができたのと、井上作品に出たいと言ってくれる俳優も、ベテラン、若手問わず沢山いらっしゃいました。
プロデュース公演の強みは、文学座、俳優座などにとどまらず、ホリプロ、渡辺プロ、旧ジョニーズなどの俳優達を配役することができ、他劇団にはない特徴を出すことができました。
しかし、俳優や養成学校などを持たない劇団こまつ座は、演劇収入だけが全ての収入で、俳優のマスコミ出演料や養成所などの収入はありません。
いくら東京公演で10,000枚のチケットが売れても、演劇を制作する予算は数千万円かかるので、とても東京の収益だけでは間に合わず、全国ツアーの成否が劇団経営の生命線でした。
一つの作品を作ったら、是が非でも全国ツアーを組んで、黒字を出さないと、劇団が維持できない。
そんな状況の中で、必死で旅公演を組んでいたのも事実でした。
最後に
こまつ座在籍の数年間、年間総上演数400回と言う、ほぼ毎日、どこかで公演していると言う状態を作り出すことができました。
井上ひさしの作品という、超弩級の作品の力があってこその結果だと思います。
ところが、この数年後、私の考えていた全国公演をせずに、劇団を維持しようとするプロデューサーが出てきました。
シスカンパニー社長の北村明子さん、株式会社スマートバリュー社長の細川展裕さん。
お二人とも、古くからの知り合いですが、東京公演で30,000人から50,000人を動員し、演劇界を活気づけています。
確かに全国公演を回っていた時、俳優やスタッフにとって、長く東京を離れるということが、仕事の上でも精神的にでも、大きなリスクがある事はよくわかっていました。
そのリスクを考えて、彼らは敢えて、東京公演だけ、もしくは大阪や名古屋だけというある種の力技に挑戦し、見事に実現させています。
勿論、その為の仕掛けは充分施されていますが、それを続けていることは大変な努力です。
では、今後、皆そのようになって行くのか?
それに関して言えば、そうはならないと断言いたします。
社会状況がどう変わろうが、各地からの演劇作品上演の要望は無くなりません。
全国ツアーという興行はシステムの変化はあるかも知れませんが、演劇文化があり続ける限り、
無くならないモノで、万が一、無くなるとすれば、演劇に関わる人材がいなくなった時だと思います。
2024年12月
中島豊

