中居正広は司会者で‥ジャニーズの未来戦略を語った取締役のYさん

 かつて「ジャニーズ帝国」と呼ばれ、数多くの才能あるタレントを有し、芸能界の最高峰に君臨していた、旧ジャニーズ事務所(以下ジャニーズ)は、社長「故・ジャニー喜多川」の「性加害問題」が発端で、一瞬にして夢の帝国は崩壊し、多くのファンやタレントたちを悲しませました。

 中には人生が狂ってしまった人もいたはずです。

 そして、今回、再び世間を騒がす事態を元ジャニーズ所属の「中居正広」が起こしてしまいました。

 残念なことに、多くの才能を生み出した日本有数の組織が消滅し、今また、その中で育まれた類まれな才能のが引き起こした事件で、残念ながらジャニーズという呼称が、負の言葉として固まってしまったような気がします。

 現役時代、同じ現場でジャニーズの凄さを体験し、憧憬を抱いた私に、今回の騒動はとてつもない、虚脱感に浸らせました。

 芸術の世界では、時として人間的欠陥を含んだ才能を、歴史上の音楽家、文学者、美術家などの中に見ることがでます。

 それは、99%の才能と1%の社会的不適合とが、ひとりの天才の中に混在しながら、素晴らしい芸術を生んできた例もあります。

 愚考するに、ジャニー喜多川も中居正広も、99%の天才と1%の社会的不適合が混在していたのかもしれません。

 私はこの状態を否定するものではありません。

 天才とはそういうものだという気がするからです。

 但し、人間的、社会的不適合の中に、絶対に許されないものがあります。

 それは「被害者」を作ってしまったことです。

 ジャニー喜多川、中居正広の二人が行ったことで、絶対に許されないことは、そこに被害者を生んでしまったことです。

 このことは、天才といえども絶対に許されない、人間の尊厳を犯す行為です。

 とても残念な心と、悲しみを抑えながら、以下、私が一緒に仕事をした「ジャニーズ事務所」という、純粋で礼儀正しく、直向きに努力する人々たちとの思い出です。

ジャニーズ事務所 取締役Yさん

 かつて「ジャニーズのタレント寿命は30歳までだ」年取ったら使えないね、などと揶揄されていました。

 ところがいつの頃からか、30歳を過ぎたジャニーズのタレントたちが、映像や舞台で活躍し続けていました。

 それも本来の歌手としてだけではなく、素晴らしい俳優として、あるいはバラエティ番組の名司会や、コメディアン顔負けのコントまで披露し、テレビではジャニーズを見ない日はないくらいでした。

 私も、新国立劇場時代、「岡本健一」「高橋和也」「稲垣吾郎」「生田斗真」のジャニーズのタレントたちに舞台出演してもらいました。

 正直言って、彼らは全員が抜群の演技力と俳優としての存在感でした。

 そんなジャニーズのタレントが出演する時に「稲垣吾郎」さん以外、必ず一緒に来ていたのが「ジャニーズの大幹部」のYさんでした。

 ちなみに「稲垣吾郎」さんの担当は「飯島三智(イイジマミチ)」という小柄でチャーミングな女性でした。

 私がYさんが担当するタレントで最初に会ったのが男闘呼組の「岡本健一」くんでした。

 その時はもう男闘呼組は解散し、俳優として活動していた時期でした。

 1997年秋、新国立劇場の柿落とし公演シェイクスピア作・鵜山仁演出「リア王」の稽古場で主演の「山崎努」さんから呼び止められました。

「ジャニーズの岡本健一がさあ、明日、稽古を見たいって言ってるんだけど、いいかな?」

「健一、勉強熱心でな‥頼むよ」

 私はすぐ、演出家、舞台監督ふたりの了解をもらって、山崎さんにOKの返事をしました。

 翌日、岡本健一くんは、稽古が始まる1時間前にやってきました。

 稽古場の入り口にいた私に丁寧に挨拶を済ませると、稽古場に深々と一礼をしてから、スタッフに案内された稽古場の隅に静かに座りました。

 その後、岡本健一くんは、稽古場に役者やスタッフが入ってくると、その都度立ち上がって静かに礼をしていました。

 人気スターというのは、多少は生意気な所があるのでは?
そう思っていましたが、目の前のジャニーズの岡本健一くんは実に腰の低い好青年でした。

 何より驚いたのは、舞台俳優を見慣れている私には、まるで女の子かと見間違えてしまうような、華奢な身体で、小さな小さな顔の美少年でした。

 ※後に、新国立劇場の舞台に出てもらった時には、よく通る力強い声と、その自然でどこにも力みの無い演技に圧倒されました。

 時々知っている俳優がいると、とびきりの笑顔で挨拶をしていました。

 その笑顔がとてつもない二枚目でした。

 「これがジャニーズのスターというものか‥」私は初めて見る岡本健一くんを、まるで自分とは違う生物を見ているように感じていました。

 しばらくすると、40代後半か50代にさしかかったくらいの、スーツ姿の紳士が汗を拭きながら、急ぎ足で稽古場に入ってきました。

 入り口近くにいたスタッフに「プロデューサーは誰か?」と聞いて、スタッフが私を指すと、稽古場の隅にいる岡本健一くんに、さっと手を上げて挨拶しながら、足早に近づいてきました。

「どうも、ジャニーズ事務所のYといいます」

 深々とお辞儀をしながら渡された名刺には「ジャニーズ事務所・取締役Y」と書かれていました。

普通、「ジャニーズ」クラスの取締役が、稽古場に現れることは滅多にありません。

Yさんは、私の差し出した名刺を受け取りながら、

「ご迷惑じゃないですか? 健一が山崎さんに頼んで了解もらったって‥お前、プロデューサーがOKしたのかって聞いたら、分からないって‥そんじゃ俺が行くからって‥」

恐縮しながら、一気に話してきた。

私がお気にせず、大丈夫ですからと話すと何度も何度も頷きながら、

「なんか、ご迷惑なことがあったら、遠慮せずにつまみ出してください」

そう話しているところへ山崎努さんが入って来た。

Yさんは、「あっちょっと」と言う感じで首を前にちょこんと出すと、山崎努さんの所小走りに近づいて行った。

見ると、岡本くんも少し照れたように笑いながら、山崎努さんに近づいて行った。

 山崎さんはニコニコしながら岡本くんの肩に手を置きながら、近くの制作デスクに積んであった台本を1冊手に取ると、私に向かって、見せていいか?というアクションをしてきました。

私が頷くと「稽古の間だけ」と言いながら、岡本くんに台本を渡しました。

それを見ていた、Yさんは私と山崎さんに何度も何度も頭を下げ続けました。

Yさんが語ったジャニーズの内側

 それ以降、Yさんとはジャニーズのタレントに出演してもらう度に、いろいろ話をさせてもらいました。

 芸能界の大先輩ですし、私の知らない世界の話を聞くのもとても楽しかったです

 ジャニーズのタレントさんが出演していた、公演期間中「中島さん!今、役者とスタッフで何人います? ざっとで」とYさんに聞かれたことがありました。

 「ざっと50人位でしょうか」

「じゃあ、80個あれば足りるね、あのね、美味しいコロッケ・バーガーの店があってね、電話して取りに行ってくる、美味いんだ!」

そう言うと、Yさんは急いで楽屋を出て行きました。

1時間後、宅急便ほどのダンボールを3つ抱えたYさんが、フウフウ言いながら戻って来ました。

「間に合った? これ食べてみて、美味しいんだから!」

嬉しそうにそう言うと、いい匂のするバーガーを手渡してきました。

「取締役がこんなことまでするんですか?」

「するよ、なんでも」Yさんは嬉しそうに答えました。

「ウチはね、ジャニーさんとメリーさんが、タレントの仕事の方針を決めてね、僕たちはそこを基本に丁寧に丁寧に支えていくんで‥その2人が丁寧で腰が低いからね」

 すこぶるつきの笑顔で、ジャニーズが好きで、好きでたまらない、そういった心の声が伝わって来ました。

 確かに、世間的には「ジャニーズ帝国」と言われ、芸能界を牛耳っているようなイメージを持たれていたが、実際に仕事をしてみると、ジャニーズ事務所のメンバーたちは実に腰の低い、真面目な人たちばかりでした。

 タレントも岡本健一くんなどは、出演が決まると必ず電話をかけてきて「演じる役のために、読んでおいた方がいい本は何か?とか、勉強しておいた方がいい時代とか王様を教えて欲しい」と聞いてきた。

 Yさん曰く「昔は多少、カッコイイ不良少年みたいなのもいたけど、今、第一線で活躍するウチのタレントは、みんな真面目で、学校行っている子たちは、楽屋で教科書開いて勉強しているしね、成績もいいんですよ」

「努力できない子は、これからはダメですね」

 私が出会ったジャニーズ関係者は、メリー喜多川氏を含め(残念ながらジャニー喜多川氏とは会う機会が無かった)、藤島ジュリー景子氏や取締役のY氏、そして出演のタレントも全員が丁寧で腰が低く、実直で品のある大人たちでした。

 私と会った時だけ、だったのかもしれませんが、それが私が体験したジャニーズでした。

ジャニーズの未来戦略

 ある時、Yさんと少し長く話す機会がありました。

 Yさんが、ジャニーズの若いタレントは、10代の子供の頃から大人の世界で仕事をしていくので、礼儀作法は徹底的に叩き込んでいるとの事でした。

 それが「森光子」さんなどから好かれる所だとも。

 前後の話は忘れましたが、Yさんがある時「ジャニーズのタレントは30歳までと言われた時期があったでしょ‥でもね、今、ジャニーズは長い戦略の中にいて、ジャニーズのタレントが50歳、60歳になった時に、どういう風になっているのか、そのモデルを作っているんですよ」

「モデル?」

「その戦略の先頭にいるのが、東山紀之と中居正広でね、あと岡本健一を続かせてね」

Yさんの話によると、ジャニーズのタレントが30歳前後に到達すると、各自の将来プランを考えるとのことだった。

大きく分けて4つの道を作っていくとのこと、

「俳優」
 俳優としての道を進み、将来日本を代表する俳優として、ジャニーズの後進の目標とさせる。
タレントとしては「東山紀之」「岡本健一」「生田斗真」「SMAPメンバー」たちの50歳をプランニングして、今後の仕事のスキルをそれに向けて選んでい気、行進の目標とさせる。

「司会者」
 司会者としての才能があると思われる「中居正広」「井ノ原快彦」「櫻井翔」「相葉雅紀」など俳優との二刀流で進ませながら、エンターテイナーとしてのMC業を目指し、後進の目標とさせる。

「歌手」
 西暦2000年当時、若手の中から考えようと思っているが、基本的にジャニーズはグループで歌う事がそのうりなので、今後、この形態をどうしていくべきかを考えている最中です。

「スタッフ」
ジャニーズのタレントからやがて作り手に回る、例えば作曲家とか演出家とか、今の所、つかこうへい氏にお世話になった「錦織一清」とか「岡本健一」なんかが演出家になれるような気がする。

ジャニーズ事務所の品性

 私が接触し、一緒に仕事をさせてもらった「ジャニーズ事務所」は、本当に丁寧できめ細かな仕事をする芸能プロダクションでした。

 印象的だったのは新国立劇場に「稲垣吾郎」さんの出演が決まった時、ジャニーズ事務所から、会員への入場券販売は、慎重にしてほしいと言われました。

「チケット欲しさに、会員になり、公演が終わった途端に会員を辞めてしまう事象がかつてあった、いきなり3万人を超える会員が集まり、あっという間に3万人が辞めてしまう、それで劇団や劇場が大変な思いをするし、何よりも元々の会員様が本来ならば買えたチケットが買えない状況にってしまう」

 「さらにジャニーズファンの若い子達にも、会員になるためのお金を使わせてしまう事も、問題だと考えている」

 「ジャニーズのファンは若い人が多い、まだそれほどお金を持っていない子達が、お小遣いを一生懸命貯めて、コンサートに来たり、CDを買ってくれたりしている」

 「その子達がジャニーズのファンだった為に、お金が必要になって、よくない事に手を出したりすることは、ジャニーズとしては一番避けたい事である」

「だから、私たちジャニーズは、なるべくファンに子達が、すごくお金を使わなければ、ならないような事はしたくない」

これがジャニーズの根本に流れる品性だったと、私が肌で感じた部分でした。

最後に

 残念ながら、私の敬愛した「ジャニーズ事務所」は廃業となり、タレントさんも、素晴らしいスタッフの方たちも、バラバラになってしまいました。

 人間のやる事に、完璧は無いし、過ちも犯すでしょう。

 しかし、何度も言うようですが、自分の直接的な行為において、被害者を出してしまうことは、絶対にやってはいけないことです。

 残念ながら、我々は不完全な人間ですから、知らず知らずに誰かを被害者にしてしまう事や、自分が加害者になってしまう事が、あるかもしれません。

 しかし、直接的な行為においては絶対許されない事です。

 これが人類の持つ最大の欠点で、残念ながら歴史は繰り返して来ました。

 それが、我々に大切な才能と文化と友人を失わせて来ました。

 時々、Yさんをはじめ、ご紹介できなかったジャニーズの素敵な面々との日々を懐かしむ事があります。

 私の記憶の中の「ジャニーズ」を、ここに残しておきます。

中島豊

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